人が亡くなった場合、残された家族は、その人の財産(遺産)を相続します。
もしも、相続する人(法定相続人)が複数人いる場合は、どうやって分配していくか決める(=遺産分割をする)手続きが必要になります。
一般に財産というとプラスのイメージする人が多いと思いますが、実は財産にはプラスとマイナスがあります。
自宅の土地、建物や、預貯金、貴金属、絵画、現金など
住宅ローンやクレジットカードの未払金、消費者金融からの借金など
法定相続人は、これらプラスの財産もマイナスの財産も引き継ぐことになります。
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
【民法第896条】
遺産分割を行う場合の基本的な流れとしては、法定相続人が話し合いを行い、その内容を遺産分割協議書や預貯金の相続届等に記載し、名義変更手続きをします。
では、もしも法定相続人に認知症の人がいた場合はどうなるのでしょうか?
認知症が進行すると、配偶者が亡くなったことすら理解できない人や、遺産分割の話などが全くできない人も出てきます。
法律上はこのような状態の人を「意思能力がない」と表現し、意思能力のない人がした法律行為は無効と判断されるケースが多くなっています。(※)
また、民法は平成32年(2020年)4月1日から一部が改正され、新民法の中では以下のような条文が明文化されることが決まっています。
第3条の2 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
【民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号・平成29年5月26日成立)】
つまり、認知症が進行している人が遺産分割などの法律行為を行ったとしても、あとから「あれは意思能力がない人が行ったのだから無効である」と主張することが可能ということです。
せっかく遺産分割をしたとしても、あとでひっくり返されるかもしれないなんて、トラブルになることが明らかですよね。
トラブルを避けるために何ができるのか。
父が亡くなり、認知症の母と自分の二人が法定相続人に該当するケースで見ていきたいと思います。
※平成30年10月現在の日本の法律では「意思能力のない人がした法律行為は無効」という一文がハッキリあるわけではありませんが、実際の裁判や判例では無効とされています。(大判明治38年5月11日民録11輯706頁)
認知症の母と自分が法定相続人に該当し、遺産分割を行いたい場合は、認知症の母に成年後見人をつけることになります。
成年後見人とは、「成年被後見人(この場合は認知症の母)の意思を尊重しながら法律行為の代理・取消や財産の管理を行い、また身上監護の義務を負う、法定代理人となる人」です。
「法律行為の代理・取消や財産の管理を行う法定代理人」ということは、遺産分割に際して成年後見人が協議した内容は法律的に有効に成立するため、あとでひっくり返されるような心配はなくなります。
成年後見制度は相続手続きのために利用を開始することができ、家庭裁判所は本人の財産や家族関係、申立ての経緯などを総合的に判断して成年後見人を選びます。
成年後見人は家族がなれることもありますが、弁護士や司法書士などの第三者が選ばれることもあるので留意が必要です。
また家族が成年後見人に選ばれたとしても、本人と同じ法定相続人同士の場合は利益が相反するとして特別代理人の選任が必要となります。
成年後見人(もしくは特別代理人)は本人の代わりに遺産分割に参加し、遺産分割協議書などへの署名捺印を行います。
この時に使用する印鑑は本人のものではなく、成年後見人(もしくは特別代理人)の実印及び印鑑証明書で手続きを行います。
なお、遺産分割の内容は原則として本人の法定相続分が確保されていることが必要です。
つまり、今回のケースに当てはめると「母はもう高齢で施設にも入っているから取り分がゼロにして、財産は自分だけで取得しよう。」というような遺産分割をすることは認められません。
では認知症の人に成年後見人をつけて、相続手続きが終わり、これで当初の困りごとであった遺産分割が出来たので成年後見人の役割も終わりだな、となるのでしょうか?
答えはNOです。
成年後見制度の利用は一度開始をすると、本人の意思能力が回復しない限り止めることが出来ません。
当初のきっかけであった相続手続きが終わったから後見制度も止めます、とはならないため本当に成年後見人をつけても相続手続きを今やる必要があるのか、よくよく検討が必要です。
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